(旧)絶対セレブに復活するぞ!借金~任意整理~返済 最初の第一歩 2017年5月10日にやっとこさ借金完済しました!

思い出したこと・・黒歴史

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2月だというのにお昼間はポカポカ陽気で助かります。

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近くのホームセンターに散歩がてら買い物に行くのに心地よい冬のお天気です。

さて、最近見終わったNetflixのこのドラマ・・先にOSTが気に入ったやつね・・



【よくおごってくれる綺麗なお姉さん】・・相変わらず韓流・・(^-^;

このドラマは簡単に言えば主人公が親友の弟と愛し合っちゃう(当然年の差あり)っていう流れで、見始めたときは、あら微笑ましいドラマねぇ・・気楽に見れるわってな感じだったのですが、中盤からその恋愛に大反対する主人公の女性のお母さんの恐ろしい過干渉ぶりが目立ちだんだん重苦しい雰囲気が・・・(*_*;
そして最終的には両家族や周辺を巻き込んで大騒ぎになるという韓流あるあるな展開。(それと並行して職場の女性へのセクハラ問題も絡めてある)終盤はかなり心が苦しくなってしまいました。まぁ最後はドラマだからハッピーエンドなんだけどね。

私の心が苦しくなったのは・・そう・・思い出してしまった・・そーいえば私も同じようなことがあったなぁ・・と・・最強で最愛の祖母と様々なバトルを繰り広げた私ですが、その中でも韓流顔負けの大騒動があったことをすっかり忘れていました(^-^;基本、嫌だったことはさっさと忘れるタイプなので、あの大騒動のことはかなりの黒歴史なのですっかり葬り去っていました。

確か、私が25歳くらいのころだったなぁ・・祖母は男女を問わず、子供の頃から私の交友関係にダメ出しし続ける人だった。要は常に自分の家族は自分の支配下に置きたかった人なんだと思う。
当時、つきあっていた男性との仲を強烈に猛反対された。いや、私は別にその人のこと結婚したいとか全然思っていなくて、まぁ一緒にいれば楽しいしという感じで遊び盛りも加えて、毎日毎日その彼とも友人たちとも遊び呆けていただけ。とにかく先のことなんか1ミクロンも考えていなかったからちょっと放っておいてほしいわ・・というのが本音。
それでも、とにかく強烈に反対され、監視され、いじわるをされ、何をするにも疑われ(男と遊んでないか)・・それが強烈になればなるほど私は強烈に反発をし日夜いろいろ戦略を考えて逃げまくり、家になかなか帰らない日々・・・最後には母、義父、弟、叔母一家、友人たちも巻き込んでの大騒動になった。
たぶん・・これは私には今だに母は何も言わないがどうやら興信所と警察もちょっとかかわる事態になっていた。(相手の彼にちょっと問題があったらしい・・私はいまだに詳しくはわからないけれど・・)

結果、私はもう逃げ場所がなくなってしまって、ホトホト疲れて、母の家に(ご存じだと思いますが私は祖父母と暮らしていました)避難。母に避難前日に「明日からあんたの家にしばらく行くから」と電話をして荷物を車に詰めて祖父母にもなーーんにも言わずに家を出ました。

ちょうど、一つ目の会社を辞めて、フリーランスになる前に契約で仕事をしていたところもほったらかして(辞めるとは言ったけど・・)忽然と自分のテリトリーから誰にも言わずに姿を消した形です。唯一事前に事情を言ったのは今も仲良くしている幼馴染みともう一人のあそび仲間のみ。今から思うとよくもまぁ私も思い切ってあんな行動にでたなと・・(笑)

母も最初は祖母と一緒に私を猛攻撃していたのですが、そのころにはこりゃ一旦リセットしないとまずいと思った模様。何も言わずに受け入れてくれたのが唯一の救いです。今から思うと母も当時は大変だったかもしれません。何せその頃、ウチの弟も浪人中なのに勉強もせずに遊び呆けて家に帰ってこない状態だったし・・姉弟ともにプー太郎でふわふわと糸の切れた凧の状態(笑)でもって仲良し姉弟なので常にふわふわと2人して逃避行動。

とうぜん、付き合いを反対されていた彼にも何も告げずほったらかしで蒸発状態・・まぁこれにはここには書けないもっと深い事情があって、この男もくせもので私の蒸発後に祖父母のところに押しかけたり、友人宅に行ったりと回りに迷惑をかけまくったのですが・・蒸発しないと私は怪我をしていたかもしれないな・・(^-^;蒸発する前くらいにはこの男はちょっとヤバいかもと私もうすうす気がついてきていたし・・

結局、ドラマと違って、私は反対をされた恋愛なんてもうどーでもよくて、早くリセットして楽になりたかったという自分勝手な状態でした。たしか9月くらいから12月末くらいまで母の家で暮らしていたと思います。母と暮らしたのはこの3か月だけだな・・
それでも、懲りずに私は晴れ晴れした気分で母の家の近所でアルバイトをしつつまたその近辺の人達と遊び呆け、勉強から逃げたい浪人生の弟とも遊び呆けていたというていたらく・・面目ない限り・・(笑)

さすがにこれじゃあマズイなと思ったのがその年末あたり・・そして、ちょうどその頃に辞めた会社の上司から「噂に聞いたんだがお前毎日遊んでるって?すぐ会社こい!遊んでる暇はない!」と呼び出された。辞めた会社の同僚たちとも相変わらず飲み歩いてたから情報がいったらしい・・
古巣の会社に出向くと「仕事できるやつは遊んでたらあかんねん!」と行ったその日に大量の仕事を無理やり請け負わされたのがフリーランス出発点・・それを契機に祖父母のいる自宅に戻って自宅で仕事をするようになった。
まだ、フリーランス、在宅業務なんていう言葉がない時代だったな・・古巣の会社が無償でFAXを回線ごと設置してくれた覚えがあります。

あのときはかなり追い詰められて苦しくて夜が来るのが嫌で、母の家にいても母が何も言わずにいてくれたので夜な夜な出歩いていたけれど、時がたてば忘れてしまっているもんだなぁ・・
あの騒動は当時つきあっていたあの男もたいがいな奴でしたが、私もたいがいな女だった。これは幼馴染みの友人しか知らないことだけれど実は私はもう一人別に付き合っていた男性もいた(いわゆる二股)・・これは家族にはバレていなかった・・もう・・救いようがないアホだったわ私。そういえば母の家の近所でアルバイトした先でもちょこっと色恋沙汰をやってしまったりと、まぁお盛んで手がつけられない状態。タイミングよく仕事を大量に請負いさせられたおかげでまともな人に戻れたのかもしれない。

今回、かなり細かいことまで思い出したけれど、これ、ほんの一部分です。親の過干渉をテーマに濃いドラマが一本書けそう・・(笑)この過干渉は私の母も祖母から受けていたらしく・・私の父との離婚の原因の一部でもあるらしいけどね。

今、この歳になると祖母があれこれ過干渉していたことの半分くらいは理解もできるような気もする。
ただ、あの人格までも否定される口撃だけはかなりコタエました。そこまで言わせるアンタが悪いと墓場で叫んでいそうだけど・・
祖父は反対していても祖母のように半狂乱になることもなく最後まで冷静で相手がどうのと一切責めることはなく、私自身がもっとしっかり物事を考えて毎日を過ごさないといけいないというようなことを言われ諭された覚えがあります。私が家を出ても、また戻っても常に平常心の人で今でもすごいと思います。

そんな黒い歴史を思い出させてくれたドラマに感謝したらよいのか、恨めばよいのか・・(^-^;
こんなことをツラツラと思い出すなんて歳をとった証拠かもしれないな・・
まぁまたこれもすぐ忘れるんだろうな・・でも、やっぱり私の祖母は最強で最愛であります。
亡くなった人のことって不思議と嫌なところは忘れて良いところだけ覚えているものですね。これって人間の本能でいつまでも故人を気持ちよく思い出せるようになっているのかもしれないな。

さて、次はどのドラマ見ようかしらん?

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